司馬遼太郎『竜馬がゆく』が作り上げた龍馬像

司馬遼太郎『竜馬がゆく』が作り上げた龍馬像

自由奔放で革新的な若き志士像の創造

司馬遼太郎の『竜馬がゆく』は、1962年から1966年にかけて産経新聞に連載され、坂本龍馬という歴史上の人物を一躍国民的英雄へと押し上げました。それまで幕末史の中でも比較的マイナーな存在だった龍馬を、司馬遼太郎は既存の枠組みにとらわれない自由な発想を持つ革新的な若者として描き出したのです。この小説によって、龍馬は単なる土佐の脱藩浪士から、日本の近代化を導いた先駆的思想家としてのイメージを獲得しました。

司馬が描いた龍馬像で最も印象的なのは、その型破りな行動力と柔軟な思考でしょう。藩の枠を超えて全国を駆け回り、薩長同盟を仲介し、大政奉還を実現させる姿は、まさに時代の閉塞感を打ち破る革命児そのものでした。また、刀よりもピストルを好み、洋装を身にまとい、西洋の文物を積極的に取り入れる姿勢は、旧来の武士像とは一線を画す新時代の人物として読者に強烈な印象を与えました。

この革新的な龍馬像は、司馬遼太郎の創作によるところが大きく、史実の龍馬とは異なる部分も少なくありません。しかし、だからこそ現代の読者にとって魅力的で理解しやすい人物として受け入れられたのです。司馬の筆によって、龍馬は日本人が理想とする「変革者」の原型となり、その後の龍馬観の基礎を築いたと言えるでしょう。

現代人が親しみやすい等身大のヒーロー像の確立

『竜馬がゆく』の大きな功績の一つは、坂本龍馬を手の届かない偉人ではなく、親しみやすい等身大のヒーローとして描いたことです。司馬遼太郎は龍馬を完璧超人として描くのではなく、時には失敗し、悩み、人間らしい弱さも見せる人物として表現しました。土佐弁で話し、豪快に笑い、時には涙を流す龍馬の姿は、読者にとって身近で共感しやすい存在となったのです。

特に印象的なのは、龍馬の人間関係の描写です。姉の乙女との温かい交流、師である勝海舟との師弟関係、そして恋人お龍との恋愛模様など、人としての龍馬の魅力が丁寧に描かれています。また、「日本を今一度せんたくいたし申候」という有名な言葉に象徴されるように、龍馬の持つ大きな志と素朴な表現のギャップが、読者の心を強く惹きつけました。これらの描写により、龍馬は歴史上の偉人でありながら、現代人にとって親近感を覚える存在となったのです。

この等身大のヒーロー像は、高度経済成長期の日本社会にとって理想的なモデルでした。組織に縛られず、自分の信念に従って行動し、新しい時代を切り開く龍馬の姿は、変化の激しい現代社会を生きる人々にとって憧れの対象となりました。司馬遼太郎が創造した龍馬像は、単なる歴史小説の主人公を超えて、現代日本人の心の中に生き続ける永遠のヒーローとなったのです。

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